大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)6520号 判決 1996年2月20日

原告

髙橋幸子

ほか二名

被告

群馬陸送有限会社

主文

一  被告は、原告髙橋幸子に対し、金八八七〇万〇四五五円、同髙橋房子及び同髙橋威に対し、各金二二〇万円、並びにこれらに対する平成三年一〇月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告髙橋幸子に対し、一億〇六四五万一八四八円(一億四一九二万八三一八円の一部請求)、同髙橋房子及び同髙橋威に対し、各五五〇万円並びにこれらに対する平成三年一〇月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告の負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、友人の運転する自動車に同乗中、信号機により交通整理の行われている交差点内において、交通事故に遭つて負傷した女性及びその両親が、加害車両の保有者に対し、自賠法三条に基づく損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実等

1  本件交通事故の発生

原告髙橋幸子(昭和四四年一月二五日生、当時二二歳。以下「原告幸子」という。)は、次の交通事故により脳挫傷、下額骨折、左大腿骨骨折、頸椎骨折等の傷害を受けた(甲四の1、2)。

事故の日時 平成三年一〇月一三日午前四時三五分ころ

事故の場所 埼玉県戸田市早瀬町一丁目一九番一〇号先交差点(別紙現場見取図参照。以下、同交差点を「本件交差点」といい、同図面を「別紙図面」という。甲一の1、二八)

関係車両1 大型貨物自動車(大宮一一き一八四五。最大積載量九七五〇キログラムの一〇トン車。訴外篠田雄介運転。以下、同人を「篠田」といい、同車両を「加害車両」という。)

関係車両2 普通乗用自動車(大宮五四に四三〇二。訴外亡岩崎真理子運転。以下、同人を「岩崎」といい、同車両を「被害車両」という。)

右同乗者 助手席 訴外大島良子(以下「大島」という。)

後部座席 原告幸子

事故の態様 信号機により交通整理の行われている本件交差点内において、直進中の被害車両と、交差道路を右方から進行してきた加害車両とが出会い頭に衝突した。事故の詳細については、当事者間に争いがある。

2  被告の運行供用者性

被告は、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた。

3  原告らの関係

原告髙橋房子(以下「原告房子」という。)及び同髙橋威(以下「原告威」という。)は、原告幸子の父母である。

4  損害の一部填補

原告幸子は、自賠責保険から六二四〇万円(傷害分として二四〇万円、後遺障害分として六〇〇〇万円)、高額療養費給付として一四〇万六四六六円の填補を受けた(合計六三八〇万六四六六円)。

三  本件の争点

本件の争点は、被告の責任及び原告らの損害額であり、被告の責任については、本件事故の態様、とりわけ対面する信号機の表示が争点となつている。

1  本件事故の態様等

(一) 被告の主張(免責)

篠田は、加害車両を運転し、制限速度五〇キロメートル毎時の道路を時速約四〇キロメートルで進行中、本件交差点に差しかかり、周囲を見回したが左方道路からの車両の通行もなく、対面する信号機が青色を表示していたため、速度を緩めながら本件交差点内に進入したところ、被害車両が赤信号を無視し、制限速度を上回る時速八〇キロメートルで本件交差点内に進入してきたため、篠田はこれを避けきれず、本件事故が発生した。

本件事故は、専ら被害車両を運転した岩崎の信号無視、速度制限違反、前方不注視等の過失により発生したものであり、篠田に過失はなく、また加害車両に構造上の欠陥及び機能障害はなかつたから、被告は自賠法三条ただし書により免責され、原告らに生じた損害を賠償すべき責任はない。

(二) 原告らの主張

訴外赤荻要次(以下「赤荻」という。)は、本件事故当時、岩崎の運転する被害車両の進行車線と対面信号が同一の新大宮バイパス上り線を進行中、本件交差点において、先行車両二台に続いて赤信号で停止し、その後青信号により発進しようとしたとき、本件事故が発生した。

したがつて、本件交差点の信号現示サイクルに照らし、加害車両の対面信号機が青色を表示していることはなく、本件事故は、加害車両が赤信号を無視し、またはこれを見落として本件交差点に進入したことにより発生したものであるから、篠田の過失によることは明らかである。

2  損害額

(一) 原告ら

(1) 治療費

原告幸子は、本件事故による受傷の結果、入院治療を余儀なくされ、平成四年五月三一日症状が固定したものであるが、その後も引き続き平成六年八月二九日まで入院を続け、自宅介護となつたが、いわゆる植物状態にあるため、今後も終生医師及び看護婦の往診治療が必要であり、これら症状固定後の治療費も本件事故と相当因果関係のある損害である。

<1> 大宮赤十字病院 一六五万三四六〇円

平成三年一〇月一三日から平成四年一月七日までの入院分

<2> 東大宮病院 七二二万〇四三七円

平成四年一月七日から平成四年五月三一日までの入院分 一四五万九二〇六円

平成四年六月一日から平成六年五月三〇日までの入院分 五七六万一二三一円

<3> 上都賀総合病院 一六三万四九八六円

平成六年五月三〇日から平成六年八月二九日までの入院分 一六一万一九七四円

平成六年八月三〇日から平成六年九月二六日までの通院分 二万三〇一二円

<4> 将来の治療費等(雑費を含む。) 二二五一万二六〇〇円

平成七年一月以降一か月一〇万円の費用(冶療費三万円、雑費七万円)を要するから、平成五年簡易生命表による平均余命を五七年として、ライプニツツ方式により算定。

(2) 入院雑費 三四万八〇〇〇円

一日一五〇〇円の二三二日(平成三年一〇月一三日から平成四年五月三一日まで大宮赤十字病院、東大宮病院に入院)分。

(3) 付添費

<1> 事故日から症状固定日までの分 一六二万四〇〇〇円

原告幸子の入院中、原告房子が介護に当たつた。原告幸子の症状に照らし、一日七〇〇〇円が相当であり、その二三二日分。

<2> 将来の介護料 六八六九万一一七五円

原告房子は、同幸子の症状固定時五八歳であり、六七歳までの九年間は自ら介護に当たるが、その後は職業付添人に頼ることになる。

職業付添人の費用は、一日一万円を下回ることはなく(原告房子は看護婦の資格を有しており、同人についても職業付添人と同額とみるべきである。)、原告幸子の症状固定時の平均余命を五八年として、ライプニツツ方式により算定。

(4) 自宅(浴室)改造費用 三六八万二三一六円

(5) 介護機器購入費等 一〇五万二七九四円

<1> 入浴用リフト等 四九万六五六三円

<2> ベツド、マツト購入費 三一万六一四五円

<3> エアーマツト代(東大宮病院入院時) 九万五七九〇円

<4> 寝台車料金(上都賀総合病院退院時) 四万一四〇六円

<5> 介護用器具 一〇万二八九〇円

(6) 休業損害 五八万七四二四円

原告幸子は、本件事故当時、千曲川こと森木時子方でパートとして稼働し、平成二年九月一日から平成三年九月二〇日までの三八五日間に合計九七万五〇〇〇円の収入を得ていた(一日二五三二円)ところ、本件事故により平成三年一〇月一三日から症状固定日の平成四年五月三一日まで二三二日間休業したから、その間の休業損害は、右金額となる。

なお、原告幸子は、それ以前は三和リビングコート株式会社にパートとして勤務していたから、仮に、この点を前提としても、右と同額の休業損害を受けたことになる。

(7) 逸失利益 五五三六万二五七八円

原告幸子は、本件事故により常時介護を要する状態として平成四年五月三一日自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一級三号の後遺障害を残して症状が固定したものであり(症状固定時二四歳)、今後四三年間にわたりその労働能力の一〇〇パーセントを喪失したから、口頭弁論終結時の平成五年賃金センサス女子労働者学歴計の年収額三一五万五三〇〇円を基礎とし、ライプニツツ方式により算定。

(8) 慰謝料 四五〇〇万〇〇〇〇円

<1> 原告幸子分 三五〇〇万〇〇〇〇円

ア 入院慰謝料 五〇〇万〇〇〇〇円

イ 後遺障害慰謝料 三〇〇〇万〇〇〇〇円

<2> 原告房子及び同威分 各五〇〇万〇〇〇〇円

(9) 弁護士費用 九〇〇万〇〇〇〇円

<1> 原告幸子分 八〇〇万〇〇〇〇円

<2> 原告房子及び同威分 各五〇万〇〇〇〇円

(二) 被告の主張

(1) 原告らの損害額、特に逸失利益、将来の治療費、介護料については、争う。

逸失利益の基礎額については、原告幸子の本件事故当時の現実収入を考えると、賃金センサスによる女子労働者全年齢平均賃金とするのは不合理であり、原告幸子の生活、労働環境からして、その八〇パーセント程度とみるのが合理的である。

植物人間の場合、生存期間については、通常人に比べて感染症の併発等により死につながる可能性が高くなり、平均余命まで生存する蓋然性は低いから、多くとも五〇歳までと考えるべきであり、また生活費控除については、労働能力の再生産に必要な生活費は、支出を免れるから、その二〇パーセントを控除すべきである。

(2) 運行供用者減額

本件事故当時、原告幸子は、ドライブのため、大島の父から被害車両を借り受け、岩崎及び大島の三人で乗車しており、同車両の運行支配を三人で共有していたものであるから、原告も被害車両について、三分の一の保有者責任を負うと考えられるから、原告の損害額から三分の一を減額すべきである。

(3) 債務免除(示談)

岩崎は、本件の共同不法行為者として、原告らに対し、損害賠償責任を負つているところ、平成四年同人の相続人岩崎美沙樹の法定代理人後見人荒川功は、原告幸子代理人原告威との間で、本件交通事故により原告幸子の受けた損害につき、見舞金及び損害賠償金として一〇〇〇万円を支払い、原告威は、その余の請求を放棄する旨の示談を締結した。

本件事故において、仮に、被告に責任があるとしても、岩崎との間の過失割合は、被告側一〇パーセント、岩崎側九〇パーセントとみられるところ、原告は、負担部分の多い岩崎から一〇〇〇万円を受領し、その余の請求を放棄したこと、原告がすでに自賠責保険を含めた高額の賠償金を受領していること等を考慮すると、原告の岩崎に対する免除の効力は、不真正連帯債務者である被告に対しても及ぶと解すべきである。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様について

1  前記争いのない事実等に証拠(甲一の1ないし3、二の1、二五、乙四の1、証人赤荻要次、同森木時子、同篠田雄介、原告房子本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場付近の状況は、別紙図面のとおりである。

本件交差点(通称笹目派出所前交差点)は、埼玉県浦和市方面から東京都方面に向かう新大宮バイパス上り線と、新大宮バイパス下り線から分岐し、東京都方面から埼玉県川口市方面に向かう道路とが斜めに交差する、感応制御式信号機(交通量により一サイクル中の青色及び赤色の現示時間が変化するもの)により交通整理の行われている交差点である。

新大宮バイパス上り線は、幅員一七・四メートルの一方通行路であり、首都高速道路五号線に通じる一車線の幅員三・三メートルの専用車線(以下「甲道路」という。)と、ゼブラゾーンをはさみ、三車線の道路とからなつており、交差道路(以下「乙道路」という。)は、一車線の幅員四・五メートルの一方通行路である。

甲、乙道路は、最高速度が時速五〇キロメートルに制限されている。

甲、乙道路は、いずれもアスフアルトで舗装され、平坦であり、路面は本件事故当時、雨のため湿潤していた。

甲、乙道路の見通しは両方向とも前方後方の見通しはよいが、高速道路の橋脚のため、乙道路の左右の見通しは悪く、甲道路からも右方の見通しは悪い。

本件交差点の信号現示サイクルは、別紙信号現示サイクル表(以下「別紙サイクル表」という。)のとおりであり、甲道路が青色六五秒、黄色四秒、全赤二秒、赤色三六秒の後、全赤三秒であり、乙道路が赤色六九秒、全赤二秒、青色三二秒、黄色四秒の後、赤色三秒となつている(一サイクル一一〇秒)。

本件事故当時、本件交差点の信号機と本件交差点北方約三〇〇メートル地点の通称早瀬交差点の信号機とは連動していなかつた。

加害車両は、本件事故により左前部が破損し、前部中央(地上高約〇・三メートル)から左に一・四メートルの部分が左前輪付近まで約一・三メートル押し込まれるように破損していた。

被害車両は、オートマチツク車であり、本件事故により前部が大破し、ボンネツトがめくり取られ、路上に落下していたほか、エンジン部が押され、さらに前輪左右ともフエンダー部が押され、タイヤに食い込んでおり、左前輪は車軸が折れ、左に傾きバーストしていた。また、フロントガラスと運転席及び助手席のガラスは全損し、車内及び路面に飛び散つており、車内は散乱し、運転席のハンドル部がインストルメントパネル方向に押し込まれ、ハンドルグリツプが中央から折れ曲がつていた。

被害車両のギヤーはドライブにセツトされ、サイドブレーキはかかつていなかつた。

(二) 篠田の供述要旨

篠田は、本件事故当時、被告の従業員としてトラツクの運転業務に従事していたものであるが、本件交差点はよく通つており、道路状況は知つていた。

篠田は、本件事故当日、愛知県名古屋市から宅配便の荷物を積み、東京都板橋区内で積荷の一部を下ろした後、埼玉県戸田市内まで残りの荷物約一、二トンを運搬するため、一人で加害車両を運転していた。

篠田は、新大宮バイパス下り線の分岐から下りる際、乙道路を排気ブレーキを掛けながら、時速約五〇ないし六〇キロメートルで進行中、別紙図面の<1>地点において、の補助信号機が青色を表示しているのを認め、同図面の<2>地点においても、の信号機が青色を表示しており、同図面の<3>地点において、加害車両は時速約五〇キロメートルになつていたが、の信号機が青色であるのが視野に入つており、その際、同図面の矢印の付いた<5>地点の新大宮バイパス上り線の停止線上に停車車両が二、三台横に並んでいるのが見えたところ、乙道路の同図面の<ア>地点に被害車両を発見し、危ないと思い、直ちにフツトブレーキを踏んで急制動したが、同図面の<×>地点において(篠田の位置は同図面の<4>地点)、被害車両の前部が下がり、加害車両に潜り込むような形で加害車両の左前部と被害車両の前部とが衝突した。加害車両の前後に車両はなかつた。

篠田は、被害車両の速度は感覚的には時速七、八〇キロメートルは出ていたのではないかと思つた。

衝突後、加害車両は、同図面の<5>地点に新大宮バイパス上り線をふさぐようにして停止し、被害車両は反転し、新大宮バイパス上り線第三車線上の同図面の<イ>地点に停止した。

加害車両が停止したとき、新大宮バイパス上り線上の停車車両は、まだ止まつたままであり、その後、篠田は、右停車車両が加害車両の前を迂回しながら通過していくのを見た。

篠田は、本件事故以前に乙道路についても通行したことがあるが、法廷において、乙道路を通つたことがない人にとつては本件交差点があることに気づかない人が多いであろうし、本件事故当時、乙道路から同図面の信号機は、後ろに電光掲示板と案内表示板があり、重なる形になつて見にくかつたと述べている。

(三) 原告幸子らの行動経過等

本件事故当日は日曜日であり、岩崎は、東京にドライブに行くため、大島の父森木正博が所有する被害車両を借り受けて運転し、助手席に大島、後部座席に原告を乗せて乙道路を進行中、本件交差点内において、加害車両と衝突する事故に遭つた。

(四) 赤荻の供述要旨

赤荻は、本件交差点はよく通つており、道路状況は知つていた。

赤荻は、本件事故当日、妻を東京都板橋区内の勤務先(冠婚葬祭用の食品製造会社)に送つて行くため、埼玉県浦和市内の自宅から乗用車(以下「赤荻車両」という。)を運転し、新大宮バイパス上り線を東京方面に向かい、第二車線を進行中、先行する二台の乗用車に引き続いて本件交差点内に信号停止をした際、激しい衝突音を聞いた。

そして、加害車両が右から左に進行して本件交差点のほぼ中央に斜めに交差点をふさぐ形で停止し、後方から来た被害車両が加害車両と並んで停止して、白煙を上げているのを目撃した。

本件事故の前には、先行車両は発進しようとしていなかつた。

その後、先行車両が徐行しながら交差点内に入つたので、赤荻もそれに従い、加害車両を避けて左に迂回して進み、本件交差点を通過した。その間、赤荻車両の後続車両は、本件事故に気づかず、信号が青になつたのに前が進まないため、さかんにクラクシヨンを鳴らしていた。

赤荻は、本件事故のことが気になつたが、妻を送つていかなければならなかつたことから、そのまま現場を離れた。

赤荻は、本件事故の衝突音をいつ聞いたかにつき、甲二の1(陳述録取書)においては、しばらく停車し、前の車について発進しようとして、ブレーキペダルから足を離して発進しようとしたときに聞いたと述べ、法廷においては止まりかけたときに聞いたとする一方、発進しようとしたときに聞いたような感じが多少強いという。

(五) 証人森木は、法廷において、娘の大島は、本件事故により当初は意識を失つていたが、平成三年一二月半ばころ意識が戻つたため、入院中の大島に対し、被害車両の対面する信号機の表示が青色であつたか聞いたところ(その後、大島の事故当時の記憶ははつきりしない。)、うなずいていた、と述べている。

(六) 原告房子は、法廷において、本件事故後、埼玉県内のフアミリーレストランで赤荻と面談した際、赤荻は、甲二の1と同じ内容の話をしていたと述べている。

2(一)  篠田供述は、加害車両の速度と別紙図面の<3>地点における状況の説明が二転三転しているが、対面する信号機の表示に関する供述は大筋において一貫しているほか、本件事故前に新大宮バイパス上の停止線に停車車両があつたとする等本件事故の際の状況と符合すると思われる供述も存在する(ただ、被害車両の速度についての供述は、感覚的なものにすぎず、他にこれを裏付けるに足りる証拠はないから、直ちに右供述を採用することはできない。)。

これに対し、赤荻供述は、本件事故による衝突音と、赤荻車両及び前車の発進との先後関係がきわめてあいまいであり、これをたやすく措信することには躊躇せざるを得ないうえ、赤荻供述によつても、本件事故当時、少なくとも、赤荻車両の前車は未だ本件交差点を通過しておらず、甲一の3(実況見分調書)の記載を加味すると、前車は発進もしていない可能性があることから、仮にこれを本件交差点の信号現示サイクルに照らすと、被害車両側の対面信号が青色になる前の三九秒間は赤色(最後の三秒間は全赤)であり、その間、加害車両の対面信号は青色三二秒の後、黄色四秒、全赤三秒であるから、本件事故当時の被害車両の対面信号は赤色を表示していた蓋然性が高いことになる(なお、篠田の供述中には、信号が青色から黄色、赤色へと変わつたとする内容は含まれておらず、篠田が信号残りで本件交差点内に進入した可能性は低い。)。

もつとも、この点は、本件事故当時から、被害車両側の関係者がすべて死亡または意識障害等の事情により供述不能の状態にあり、岩崎を始め、原告幸子らの本件事故の際の認識内容が全く証拠化されていない点を考慮すると、本件事故は、被害車両を運転していた岩崎が本件交差点の状況を十分把握していなかつた等の事情により、乙道路の信号表示を見落として本件交差点内に進入した結果、これと交差する甲道路を進行し、本件交差点内に進入した加害車両と衝突したものとみる可能性は否定できないものの、未だ篠田の無過失を認めるに足りないというべきである(なお、仮に本件において、岩崎が乙道路の信号表示を見落とした等の事情があるとしても、加害車両を運転していた篠田としては、本件現場が変則的交差点であり、乙道路からの進行車両にとつて本件交差点が存在すること自体気づきにくく、対面する信号機や左右が見にくいこと等の事情を熟知していた点をも考慮すると、なお、篠田の過失を肯定する余地があるというべきである。)。

(二)  そうすると、被告は、自賠法三条本文に基づき原告に生じた損害を賠償すべき責任があることになる。

二  損害額について

1  原告幸子の症状等

(一) 前記争いのない事実等に、甲四の1、2、8ないし10、二二、二五、二七、原告房子、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

原告幸子は、本件事故により脳挫傷、左肘脱臼、左手関節開放骨折、屈筋腱断裂、下顎骨骨折、右頬骨骨折、右上顎骨折、右大腿骨骨折、頸椎骨折、遷延性意識障害の傷害を負い、事故日の平成三年一〇月一三日から平成四年一月七日まで大宮赤十字病院において入院治療を受け、その間、平成三年一〇月二九日気管切開術、同年一一月六日整形外科的疾患に対する観血的整復術を受けた。

原告幸子は、平成四年一月七日東大宮病院に転医したが、転医当時、意識障害が残存し、いわゆる植物状態にあり、開眼はするが、追視運動や言葉に対する反応はなく、痛みに対しわずかに顔をしかめる様子はあつたものの、全身の麻痺と拘縮が認められた。原告幸子には、頭部CTにより脳挫傷と脳萎縮がみられ、意識レベルの改善はなく、植物状態のまま継続し、同年五月三一日症状固定となつた(症状固定時二三歳)。

原告幸子は、症状固定後も引き続き、平成六年五月三〇日まで同病院に入院した後、自宅近くの上都賀総合病院に転医した。

原告幸子は、平成六年七月三一日まで同病院に入院し、その後、平成六年九月二六日まで通院した後、現在は自宅療養に切り替えている。

その間、原告幸子は、平成五年三月三一日浦和家庭裁判所において、心神喪失の常況にあるとして、禁治産宣告を受けている。

原告幸子は、終日寝たきりで、気管を切開したままであり、食事は鼻からカテーテルを入れて流動食を摂取している。発語はみられないが、家族や友人の呼びかけ、音楽に対しては反応があり、開閉眼による意思疎通が可能な場合もある。

原告幸子に対しては、現在医師による月一回の往診と看護婦による月二回の往診を行つており、今後も意識状態の改善を目指すとともに、現状を維持するため、医師の往診と投薬を続けていく必要がある。

(二) 右の事実によれば、原告幸子は、本件事故による受傷の結果、神経系統の機能及び精神に著しい障害を残し、常時介護を要する状態にあり、右後遺障害は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一級三号に該当すると認められる。

2  治療費 一〇五〇万八八八三円

(一) 大宮赤十字病院入院分 一六五万三四六〇円

甲五の1ないし8により認められる。

(二) 東大宮病院入院分 七二二万〇四三七円

(1) 症状固定日までの分 一四五万九二〇六円

甲四の3ないし7により認められる。

(2) 症状固定日以後の分 五七六万一二三一円

甲六の1ないし32により認められる。

(三) 上都賀総合病院入通院分 一六三万四九八六円

甲七の1ないし9、八の1ないし7により認められる。

3  将来の治療費等 一〇一七万七五七一円

原告幸子の1記載の受傷の部位程度、後遺傷害の程度からすれば、同人はその症状固定後も、症状の悪化を防ぎ、症状固定の状態等を維持するため、入院治療を続けたうえ、今後も将来にわたり医師等の往診治療が必要であり、右症状固定後の将来の治療費も本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

(一) 治療費 六七五万三七八〇円

甲一八の1ないし19、二五、原告房子によれば、平成七年一月以降も少なくとも月三万円の治療費を要するものと認められ、原告幸子(平成七年一月二五日当時二六歳)の平成五年簡易生命表による平均余命を五七年として、ライプニツツ方式により治療費を算定すると、右金額となる。

30,000円×12月×18.7605=6,753,780

(二) 自宅療養雑費 三四二万三七九一円

自宅療養期間中の雑費の支出は、基本的には逸失利益の中から支出されるべきものであるが、原告幸子の状況によれば、おむつ等日常生活では通常不要と考えられる物品であつても、その購入を必要とすることを認められ、自宅における療養雑費としては、一日当たり五〇〇円を要するものと認めるのが相当であり、平成七年一月以降の分について右(一)と同様に原告幸子の平均余命を五七年として、ライプニツツ方式により算定すると、右金額となる。

500円×365日×18.7605=3,423,791円(1円未満切捨て)

4  入院雑費 三〇万一六〇〇円

入院雑費は、一日一三〇〇円と認めるのが相当であるから、原告幸子が請求する平成三年一〇月一三日から平成四年五月三一日までの二三二日間で右金額となる。

5  付添費 五七一一万一四四〇円

(一) 事故日から症状固定日までの分 一三九万二〇〇〇円

甲二五、原告房子によれば、大宮赤十字病院及び東大宮病院の原告幸子の入院中、原告房子が介護に当たつたことが認められ、近親者の付添費は一日六〇〇〇円とするのが相当であるから、その二三二日分として右金額となる。

(二) 将来の介護料 五五七一万九四四〇円

(1) 原告房子分(平成一三年まで) 一二九七万一七三五円

甲二五、原告房子、弁論の全趣旨によれば、原告房子は、同幸子の症状固定時五八歳であり、六七歳までの九年間は自ら介護に当たるものと認められるところ、長期にわたる近親者の介護料は、一日五〇〇〇円とするのが相当であるから(なお、原告房子が看護婦資格を有しているからといつて、近親者としての介護料を職業付添人と同額とみるのは相当でない。)、ライプニツツ方式により九年間の付添費を算定すると、右金額となる。

5,000×365日×7.1078=12,971,735円(1円未満切捨て)

(2) 職業付添人分(平成一三年以降) 四二七四万七七〇五円

平成一三年以降は職業付添人に頼らざるを得ないところ、職業付添人の費用は、一日一万円とするのが相当であるから、原告幸子の症状固定時の平均余命を五八年として、ライプニツツ方式により四九年間の付添費を算定すると右金額となる。

10,000円×365日×(18.8195-7.1078)=42,747,705円

6  自宅(浴室)改造費用 三六八万二三一六円

甲一一の1、2により認められる。

7  介護機器購入費等 一〇五万二七九四円

(一) 入浴用リフト等 四九万六五六三円

甲一二の1、2により認められる。

(二) ベツド、マツト購入費 三一万六一四五円

甲一三の1ないし3により認められる。

(三) エアーマツト代 九万五七九〇円

甲九により認められる。

(四) 寝台車料金 四万一四〇六円

甲一〇により認められる。

(五) 介護用器具代 一〇万二八九〇円

甲一四の1、2、一五により認められる。

8  休業損害 五八万七四二四円

甲三の2、二〇、証人森木によれば、原告幸子は、本件事故当時、千曲川こと森木時子方でパートとして稼働し、平成二年九月一日から平成三年九月二〇日までの三八五日間に合計九七万五〇〇〇円の収入を得ていたものと認められるところ、本件事故により平成三年一〇月一三日から症状固定日の平成四年五月三一日まで二三二日間休業したから、その間の休業損害は、右金額となる。

975,000円÷385日=2,532円(1円未満切捨て)

2,532円×232日=587,424円

9  逸失利益 四四五八万四八九三円

前認定のとおり、原告幸子は、平成四年五月三一日後遺障害別等級表一級三号の後遺障害を残して症状が固定したものであり(症状固定時二三歳)、今後四四年間にわたりその労働能力の一〇〇パーセントを喪失したと認められるところ、甲三の1、2、二〇、証人森木によれば、原告幸子は、森木方において午後六時から午前零時まで時給一〇〇〇円で稼働していたものであり、他に客からのチツプが一日一〇〇〇円程度あるというものであり、原告幸子の右稼働状況及び収入額に鑑みると、同人が本件事故当時、賃金センサス女子労働者の平均収入を得ていたものとみることはできず、将来の収入についての蓋然性の予測に際しては、控え目な認定という見地から、平成五年賃金センサス女子労働者学歴計の年収額三一五万五三〇〇円の八割を基礎収入とするのが相当であり、これを基礎として、ライプニツツ方式により算定すると、右金額となる(なお、生活費については、控除しない。)。

3,155,300円×0.8×100%×17.6627=44,584,893(1円未満切捨て)

10  慰謝料 二八五〇万〇〇〇〇円

(一) 原告幸子分 二四五〇万〇〇〇〇円

(1) 入院慰謝料 二五〇万〇〇〇〇円

原告幸子の症状固定日までの入院日数は、二三二日間であるから、入院慰謝料として二五〇万円を認めるのが相当である。

(2) 後遺症慰謝料 二二〇〇万〇〇〇〇円

原告幸子の後遺障害の程度からして、同人の右後遺障害に対する慰謝料としては、二二〇〇万円を認めるのが相当である。

(二) 原告房子及び同威分 各二〇〇万〇〇〇〇円

原告幸子の傷害の程度からして、原告房子及び同威は、同幸子の死亡に比肩しうべき精神的苦痛を被つたと認められ、右各苦痛に対する慰謝料として各二〇〇万円を認めるのが相当である。

11  右合計額 一億五六五〇万六九二一円

三(一)  運行供用者減額について

一記載事実のとおり、被害車両は、本件事故当日、岩崎が東京にドライブに行くため、大島の父森木正博から借り受け、本件事故当時、大島及び原告幸子を同乗させていたことが認められるが、原告幸子が被害車両の運行支配を岩崎及び大島と三人で共有していたとまで認めるに足りる証拠はなく、したがつて、原告が被害車両につき、三分の一の保有者責任を負うとは認められないから、これを前提とする被告の運行供用者減額の主張は理由がない。

(二)  債務免除について

一記載事実のとおり、岩崎は、被害車両の運転者であり、本件の共同不法行為者として、原告らに対し、損害賠償責任を負うというべきところ、乙二、三によれば、平成四年同人の相続人岩崎美沙樹の法定代理人後見人荒川功は、原告幸子の代理人原告威に対し、本件交通事故により原告幸子の受けた損害につき、見舞金及び損害賠償金として一〇〇〇万円を支払つた事実が認められるから、右一〇〇〇万円については、被告についても弁済としての効力が認められる(なお、共同不法行為者間における免除の効力が他の不真正連帯債務者である被告に対する関係で効力が及ぶとは解せられない。)。

四  損害の填補

原告幸子が自賠責保険から六二四〇万円(傷害分として二四〇万円、後遺障害分として六〇〇〇万円)、高額療養費給付として一四〇万六四六六円の填補を受けた(合計六三八〇万六四六六円)ことは、当事者間に争いがなく、右三(二)認定事実によれば、さらに原告幸子は、一〇〇〇万円の填補を受けたことが認められるから、右填補後の原告幸子の損害額は、八二七〇万〇四五五円となる。

五  弁護士費用 六四〇万〇〇〇〇円

本件事案の内容、審理経過及び認容額その他諸般の事情を斟酌すると、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用としては、原告幸子に六〇〇万円を、原告房子及び同威に各二〇万円を認めるのが相当である。

第四結語

以上によれば、原告らの本件請求は、原告幸子につき金八八七〇万〇四五五円、同房子及び同威につき、各二二〇万円、並びにこれらに対する本件事故の日である平成三年一〇月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由があるが、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 河田泰常)

交通事故現場図